
そんなマルクスはかつて、宗教を「大衆のアヘン」とののしり、無神論者と自称していたが、実は彼は元は敬虔なクリスチャンであり、後にサタン教に転向したと、ユダヤ人のプロテスタント牧師フォン・リチャード・ウンブランド著の『マルクスとサタン』(1986)で明らかにした。この事実が最近、海外中国語メディアで取り上げられ、それをきっかけに中国国内で話題を呼び、人々に衝撃を与えた。サタン教メンバーが作り出した共産主義はもしかして真理ではなく、理想主義のマスクを被ったサタン教の変身ではないか、と思い始めた中国人の共産主義への信仰の基盤が揺れ始めている。
中国人の信仰を揺らしたこのことについて、海外中国語週刊誌「新紀元」第200期(11月)は、「カール・マルクス、悪魔への道」と題する記事で紹介している。『マルクスとサタン』とマルクス主義者のホームページに掲載された「マルクスのカルト-サタン教から由来(The Cult of Marx – it origin in Satanism)」や「マルクスはサタン教徒なのか(Was Marx a Satanist)」などの文章に基づいて書かれたこの記事を、本サイトで2回に分けて紹介する。ー編集者より
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カール・マルクス、悪魔への道(上)
文・文華
アメリカ人のセルジス・リース将軍はカール・マルクスの崇拝者だった。マルクスの死後、彼はロンドンへ渡り、マルクスがかつて住んでいたという家まで足を運んだ。当時マルクスの家族はすでに引っ越しており、元女中のヘレンさんだけが残っていた。ヘレンさんはマルクスの最期の様子をこう語った。「彼は神に対して敬虔でした。最期を迎えるころは1人で部屋に閉じこもり、頭に帯を巻いて一列に並んだロウソクに向かって祈りを捧げていました」
セルジスは自分の耳を疑った。無神論のはずのカール・マルクスが誰に祈りを捧げたのだろうか。その怪しげな宗教的儀式とはいったい何だったのだろうか。
少年マルクスはクリスチャンだった
マルクスは、もともとクリスチャンであったのだ。彼が書いた有名な作品(The Union of Believers With Christ According to John 15:1-14,Showing its Basis and Essence,its Absolute Necessity, and its Effects)で、「イエスとの一体とは、緊密かつ活発な友情に身を置き、常に目の前と心の中にイエスがいること」と記した。
まだ17歳のマルクスは高校の卒業文集に、「もしキリストへの信仰がなく、キリストの言葉に従わなければ、人類は道徳を持つこともできず、真理への追求もできないだろう」「イエスだけが我々を救うことができる」と書き残した。
弁護士だった父親のハインリヒ・マルクスは息子の持つ才能に大いに期待していた。ロルブ・ホール(Rolv Heuer)は、著書『天才と富豪』でマルクスのことを次のように書いた。「ハインリヒ・マルクスは、カール・マルクスに毎年700マルクもの仕送りをしていた。当時、年収が300マルクを越える人はほとんどいなかった」。このような貴族大学生がキリストの教義に従って修行するなどとても考えにくいものだった。
こうした贅沢な生活を送ったマルクスにとって、正教の教えは単なる束縛に過ぎず、彼は個人の完全なる開放を求め始めた。ちょうどその頃、サタン教がヨーロッパで密かに伝えられており、享楽に溺れたマルクスは、最終的には、サタン教の組織にはいり込んでしまった。
サタン教の儀式に参加し、サタン教徒に
マルクスが18歳の頃に、大学で一度霊的な現象に出会い、それから敬虔なサタン教徒になったという。今残された資料から、彼がサタン教徒の儀式に参加したときに、サタンが何かの形で現れ、それを見たマルクスが「自分はサタンの代弁者だ」と信じるようになったのだと推測できる。
そのころに彼が書いた劇曲『オーラネム』には、サタニスト教会で行われる黒ミサの儀式が描かれていた。『オーラネム』というタイトル自体はキリストの聖なる名の逆さづりであり、黒魔術ではそのような倒置に魔力があるとされる。
『オーラネム』の「演奏者」という詩のなかで、マルクスは自分のことを次のように書いた。
地獄の気が舞い上って、やがて私の脳を充満した
私は気が狂い、心が完全に変った
この剣を見たか?
闇の大王がそれを私に売った
私のために、彼は拍子を取り、合図をする
私の死の舞もますます大胆になる
ここでも、マルクスは悪魔サタンと何かの契約を交わしたことがわかる。
この詩は特別な意味を持つ。サタン教の入信儀式の中で、成功を導く剣が入信者に売られる一方、入信者は「死後の霊魂が悪魔サタンの元へ帰する」ために、自らの血でサタンとの契約にサインをすることになっている。マルクスの詩もそれを表すものだった。
マルクス主義者のフランツ・メーリングが『カール・マルクス』でこのように書いている。「ハインリヒ・マルクスはカールに残した遺産が自分のもっとも恐れることに使われるなど思ってもいなかっただろう。しかし実は、彼も息子が悪魔に転じつつあることに微かに気づいたようだ」
1837年3月2日にハインリヒが息子にこのような手紙を書いた。「君にはいつか有名になって、有益な人生を送ることを望んでいたが、それだけではない。これらの望みが実現されても私を幸せにすることができない。あなたの心が純朴で、人間の心として鼓動し、悪魔に転化されないことしか、私を幸せにできない」
やがてカール・マルクスは大学在学中にジョアンナ・サウスコット(Joana Southcott)主宰のサタン教に入信した。1837年11月10日に彼は父親への返信に、「私は脱皮した。聖なる主が私の体を離れ、新たな主が宿った。私は真の凶暴に占有された。私はこの凶暴な魂を鎮めることができない」と書いた。
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